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東京地方裁判所 昭和47年(レ)410号 判決

理由

一  請求原因1記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、請求原因2記載の主張の当否について判断する。

落合修二が控訴人の代理人として東京簡易裁判所に出頭し本件和解を成立させたこと、本件和解成立の当時安田銀治が控訴人の代表取締役であり、安田英二がその代表権限のない取締役であつたことは、当事者間に争いがなく、また、《証拠》を総合すると、次の各事実を認めることができ、証人安田英二、同林清池の各証言中この認定に反する部分は、その余の右各証拠に照らして採用することができず、その他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  安田英二は安田銀治の実父であるとともに、訴外安田株式会社ほか数社の株式会社を経営する実業家であり、控訴人の会社においても、安田銀治に対する財産分けの趣旨で、同人を代表取締役に就任させ、自らは代表権限のない取締役に就任するにとどまつていたが、実質的には、控訴人の経営の実権を握つて、対外的にも代表者と目される立場にあり、また、控訴人の代表取締役の印鑑等も自由に使用していた。他方、安田銀治は、形式的には、控訴人の代表取締役であつたものの、控訴人の経営に熱意がなく、これをほとんど安田英二に任せており、本件和解の対象となつた被控訴人との間の本件建物の工事請負代金の支払をめぐる紛争についても、その解決に尽力をしなかつた。

2  そこで、安田英二は、被控訴人との間の右紛争の解決をはかるべく、昭和三七年一〇月ごろから、訴外坂田正道らを仲介人として、努力をしたところ、昭和三八年一月ごろ、控訴人と被控訴人との間で、安田英二が代表取締役をしている安田株式会社をも当事者に加え、かつ、本件和解の内容よりは多少控訴人に不利益な内容をもつて、民事訴訟法第三五六条所定のいわゆる即決和解を成立させることの合意が成立した。

3  次いで、安田英二は、昭和三八年一月三〇日、安田株式会社の会長室において、被控訴人の代理人である訴外山田賢次郎から紹介を受けた弁護士の落合修二に対し、右合意に基づく即決和解を成立させることの委任をしたが、落合修二は、その席上で、安田英二から控訴人の代表者であるとして安田銀治なる人物を紹介され、安田銀治名義の名刺の交付を受けるとともに右和解申立のための控訴人取締役社長安田銀治および安田株式会社取締役社長安田英二両名作成名義の委任状一通ならびに右委任の報酬としての控訴人振出名義の小切手一通(額面金二〇万円)の交付を受けた。なお、右委任状のうち安田銀治の作成部分は、直接には、安田英二が控訴人のゴム印、その代表取締役の印等を使用して作成したものである。

4  他方、被控訴人は、昭和三八年一月二八日、控訴人および安田株式会社を相手方として前記合意に基づく即決和解の申立をするに至つたので、落合修二は、なおも和解内容の修正、緩和を求める安田英二と連絡を重ねつつ、被控訴人と折衝の末、同年四月二四日、本件和解を成立させた。

5  ところで、控訴人は、その後、本件和解に基づく分割金の支払として合計約金二六〇〇万円を支払い、その分割金支払の担保のための抵当権を設定するなどの和解債務の履行行為をするとともに、その代表取締役である安田銀治が自ら、被控訴人に対して、分割金の支払の猶予を求めたり、熱海市所在の土地の売買による決済を懇願したりなどしたが、その間、安田英二はもとより、安田銀治においても、被控訴人に対し、本件和解が控訴人の意思に基づかないものであつて無効であるなどの主張をしたことは一度もなかつた。

以上の事実関係を総合して判断すると、本件和解成立の当時控訴人の代表取締役であつた安田銀治は、落合修二が控訴人の代理人として本件和解を成立させることを、少なくとも黙示に承諾していたものと推認するのが相当であつて、これを覆すに足りる証拠はないから、請求原因2記載の主張は結局失当であるといわざるをえない。

三  次に、請求原因3記載の主張について判断するに、本件の全証拠によるも、控訴人と被控訴人との間に控訴人の主張するような新しい和解契約の成立した事実を認めることはできない。かえつて、《証拠》によれば、控訴人は、昭和三八年一〇月ごろから、本件和解によつて定められた分割金の支払をすることができなくなつたので、被控訴人に対して、安田英二らの所有にかかる熱海市所在の土地約四万平方メートルを被控訴人に売却して、その売買代金債権をもつて右分割金の支払債務と対当額で相殺するなどの内容による新しい和解契約を締結してほしいと申し出たが、結局、被控訴人から右和解契約の締結を断わられた事実が認められるにすぎない。したがつて、控訴人の右主張も理由がないというべきである。

四  そこで、さらに、請求原因4記載の主張の当否について判断する。

およそ、手形の謄本は、手形の複本とは異なり、それ自体手形としての効力を有するものではなく、単にこれに裏書または保証をすることができるにとどまるものであるから、手形上の権利を行使するためには、手形の謄本とともに、その原本を取得しこれを所持することが絶対に必要であつて、単に手形の謄本のみを取得しこれを所持しているにすぎない者は手形上の権利を行使することは許されないといわなければならない。そして、このことは、控訴人主張の本件各手形のように手形の原本が刑事訴訟手続に従い裁判所に押収されているため、その謄本の作成者であり裏書人である者がその原本を被裏書人に交付することができない場合であつても、全く同様というべきである。けだし、このような場合にかぎつて、手形の原本の交付がなくその所持を取得しなくても、手形としての効力のない手形の謄本の所持のみにより、手形上の権利を行使しうるとか、また、手形の謄本の裏書交付さえあれば、その原本の交付がなくても、その原本の所持が当然に裏書人から被裏書人に移転し、手形の謄本の被裏書人が同時にその原本の所持をも取得するという法律上の根拠は全く見出しえないからである。なお、本件の全証拠によるも、控訴人が、本件各手形の謄本の取得後、森脇文庫から何らかの方法でその原本の交付を受けその所持を取得したという事実は認めることができない。

そうすると、請求原因4記載の主張は、その余の点について判断するまでもなく、すでに失当であるといわなければならない。

五  以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求はすべて理由がないことに帰するから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条に従い、本件控訴を棄却する

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 加藤英継 高柳輝雄)

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